【コラム】「見えない犯人」を捜すことへの不毛さと、晒し上げが大好きな「オオカミ少年」【モヤモヤ備忘録】


今日は、「これは……モヤるわぁ……」ということに遭遇したので、そのことについてコラムっぽく吐き出してみます。

さらに、今回の記事に関しては「誰かを責めたい」とかそういった意図は、まったくもってないということをまず初めに明記しておきます。

「この人、おかしいことしていると思いません!?」という晒し上げ記事に遭遇する

いろんな情報が錯綜する昨今、テレビでもそうですがインターネットでもいろんな情報を目にする機会ってむちゃくちゃ多いじゃないですか(あ、そういえば最近はテレビ、あんまり見ない……)

そこで、「はーい、この人、おかしいことしていると思いませんかー!?」って言わんばかりの(暗にそう言っている感じの)ネット記事に遭遇しまして。

その記事を掲載しているサイトは、個人のサイトではなく、どこかの会社が作っている感じのメディアサイト(たまによく見る有名どころっぽいサイト)だったのですが、まさかそこで誰かをディスっている記事があるとは思わなくて、呆気にとらわれ半分、こんなこと堂々と載せちゃうんかい!(裏拳)とツッコミを入れたくなった、といったことが最近ありました。

情報を発信しているなかで有名になった人なんかは、やっぱりどうしても「アンチ」なる人たちが出てきてしまう……不思議とそうなることがよくあるようです。

(芸能人とかも、ネットで変なウワサがよく立ったりしますよね)

「間違っている」ということに固執する人もいる

そもそも「はーい、この人、おかしいことしていると思いませんかー!?」っていう、なんだかスピーカーさんのような人たちって、「この人の言っていることは嘘だから、おかしい!」「この人の言っていることはあり得ないから!」ってよく言うんですよね。

そうすることで「この人たちは真実を語っているような気分になっているのかなあ?」と、こちらは眉をしかめたくなるわけなのですが、「おかしい」とか「ない」とか「嘘」とか、それが本当か嘘なのか「ない」のかどうかなんていうのは、根本的によくよく調べていくと、場合によっては究極的なところで「結局、わからない」にたどり着く、なんてことがよくあるんですよね。

(↑小説を書くために、あーだこーだ調べたりするんだけど、結局、実状はわかっていないなんてことにぶつかることがしばしばあって、頭抱えたりすることもあって、そんなことを思ったりしました)

でも、その人たちの中では「間違っている」「違う!」と言いたいし、信じているし、信じていたいんだと思うんです、きっと、多分。

見えない犯人捜しをすることへの不毛さ

――さて、ここまで書いてきて、すごく「モヤモヤ」してきました。

なんか「ある、ない」「間違ってる、正しい」とかっていう対立って、もう突き詰めていくと「水掛け論」だよねえ……なんて遠い目したくなってきまして。

もう結論から言いたいんですが、結局のところ、自分が「何を信じたいか」でしかないんだよなあ、と思うんですよ。

そしてやっぱり思うのは、「見えない犯人捜しをするのって不毛だなあ……」と、ひたすらに感じるわけです。不毛……つまり実りの望めない行動だよな、と。

なんでそう思うのかと言うと、その犯人捜しの心の裏には『誰かが悪いんだ、間違っている』といったような、「誰かのせい」にしておくと「結局、自分が楽なんだ」といった気持ちが隠れているよねってことに、たどり着きます。

つまるところ、ある物事に対して自分の心の琴線に触れるものがあって、すごくザワザワして悲しくなったり、自分を責めたくなってしまって、それがつらくなるから『誰かのせいにしたい』とか。

あとは、自分の信じたいことが「間違っている」って思いたくないから。

「間違っている」ということにうすうす気づいているけど、認めたら精神的にショックを受けるから、認めたくないから「誰かのせい」にする、とか。

そして、話は飛躍しますが、「現実は非情だ」なんて感じる時って……

――先述したような物事に気づいてしまって、どうしようもなく途方に暮れる……こんなときだと思うんです。

これに気づくと結構、胸が痛くなります。
その場に居れなくなります。
穴があったら入りたいくらい歯がゆい気持ちと罪悪感がまざって、立っていられなくなります、気持ち的に(実体験済)。

「誰かのせい」「誰かが間違っている」は、「幻想」だ

……と、書くと、「はぁ?」って思う人もいるかもしれません。

でも、「誰かのせい」「誰かが間違っている」って言いたい時って、やっぱり自分の「心」がざわついた時じゃないですか。

自分の心のなかに『何らかの引っかかり』があるから、だから誰かを責めたくなるし、犯人捜しをしたくなる、と。ただ、それだけなんですよね。

だから、究極的に言えば、「誰かのせい」「誰かが間違っている」と思うことは、結局「幻想」でしかないんだと思います。

そしてそんなことをしている時って……全然、充実感とかまったくないし、そもそも楽しくもないです。

さらに、そんなことばっかりしていると、脅しで言うつもりはありませんが、イソップ童話の「オオカミ少年」みたいに、最後は誰にも相手にされず、最終的には村の羊をすべて失う……なんて悲しいことにもなりかねない、かもです。

しかし、逆を言えば「誰かのせい」「誰かが間違っている」って思ったときは、ある意味では、自分の心のなかを知るチャンスでもあるのかもしれませんね。

見えない犯人捜しをしている人を見つけた時は

ちなみに、「誰かのせい」「誰かが間違っている」と言っている人を見つけたら、そっと、後ずさりして距離を保って見守る(要は、そっとしておく)のが一番です。

なんでかってーと、自分が巻き込まれたりしたら「あーでもない、こーでもない」といった水掛け論にさらされて、自分が幸せな状態から遠ざかってしまうので、こういうときは、「こうしたほうがいい」とかいったアドバイスはせずに、そっとしておいて、自分のやりたいことに集中したほうが自分のためになるからです(合掌)。

そんなわけで、今日のモヤモヤ備忘録、終わります 🙂 

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