【コラム】「二人目、産みますか?」という言葉を目にして思うこと【子育て】


今日は、なぜか「二人目、産みますか?」について語っちゃいますよ。

真面目に行こうかと思ったのですが、センシティブ(繊細)な話題なので、さっくりと、ファーストフード店で売っているポテトフライレベルの軽さで触れていこうかなと思います。

(あ、でも、ポテトフライのカロリーは軽くなさそうですね……? ←そっち?)

子育て中に降ってくる「二人目生みますか?」という言葉

――というのも、事の始まりは読売新聞の1月8日の朝刊の見出しで「2人目 産みますか(原文ママ)」という大きな見出しを見つけたことから。

個人的なファーストインプレッションとしては、「ウッ」とうめきたくなって胸のあたりがムカムカしてきた……というあまりよくない反応でして。

現在、しののめは、二歳児の息子を子育てしながらフリーランスでいろいろ模索しつつ仕事をしている兼業主婦であります。

旦那は仕事が忙しくなると帰宅が21時以降になることも珍しくなく、さらに土曜日も休日出勤することも多く、彼がいないときは今話題(?)のワンオペ育児なるものをこなすこともあります(というか今がそんな感じです)。

さらにさっくり言ってしまいますが、旦那の義親とは、諸事情によりほぼほぼ交流なし(義父は鬼籍に入っている)、私の実家は1時間離れた場所に暮らしており、しかし実の父親は再婚しているので子供を簡単にあずけるということが難しい(できなくはなさそうだが、実家にいくとはじめは息子がギャン泣きする→あずける機会がない)ので、ワンオペ育児になる……といった感じです。

それでも生活が充実しているかといえば「はい」、とも言えるし、それでもまったく負担がないといえば、むしろ「過負荷?」と首をかしげたくなる気もします。

ぶっちゃけ育児家事って24時間不休営業だから、休みの取り方や家事のやり方を工夫しないと確実に潰れるし、しかもそのなかに仕事のタスクを無理やり押し入れる形になるし、旦那は旦那で残業をこなすことで家庭に入れる賃金を増やしている状況なのです(そして肉体労働なのでやっぱり疲れも半端ない様子)。

――現状の本音をいうと、夫婦そろって邁進創意なことも珍しくないです。

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「苦労が前提の人生」なんて誰が歓迎するだろうか?

ちょっと話題から脱線しますが、私の子供のころは「若いうちは苦労は買ってでもしろ」なんていう格言をよく口にする「目上の人」なるものがよくいました。

が、しかし、大人になった今思うのは、はっきりいって「そんな人は、ただの真性のドМじゃねーですか……」です。

好き好んで進んで苦労ばかり買っていると『心が病んでくる』という人も、この世の中には一定数存在します。

そして心が病んでくるとおのずと体も蝕まれてくるのが自然の摂理なわけで、気づいたら病気になっちゃったなんてこともあります。

ちなみにしののめもそのうちの一人です。

ひと昔前は、そんな人たちを「弱い人」とカテゴライズして蹴落とす風潮がありました。

一例としては「うつ病は甘え」と言って、冷たい視線を浴びせて批判するということとか。

現在も、そういう風潮がなくはない気もしますが、そんな「弱い人たち」が声を上げ始めている側面もあるので、ある意味どこか過渡期なのかもしれないな、と思うこともあります。

――というか、明暗がはっきりしてきているようにも見えます。

ざっくり抽象的な物言いになってしまっているので、伝わりにくいかもしれませんが(根拠薄い書き方してます、すんまそん)。

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二人目を産むときに生まれる『大きな壁』

だいぶ話題がものくそ大きく脱線しましたが、兎にも角にも「二人目を産むときに生まれる『大きな壁』」というのは事実上存在するんですよねえ……。

ただでさえ一人育てて、夫婦そろって「満身創痍」なのに、さらに「二人目はぁ~?」って聞かれると、やはりこっちとしては「ウッ」と心のなかでうめきたくなる、というのが正直な気持ちなわけで。

「え、何でよ?」という人もいるかもしれないけれど、そもそも妊娠出産って、女性の体にかなりの負担がかかるんです。

妊娠中はジェットコースターのような体調の変化に振り回され、体重が増えすぎると病院からチクチク注意され、さぁ出産となって、内臓をギュギュっと思い切り絞られるような激痛をこらえて赤ん坊を産んだのはいいけれど、そのあとの大量の悪露(おろ、と読む。出産後に子宮から排出される血液のような分泌物のこと)と後陣痛の痛み(子宮が元に戻ろうとするときの痛み)と、慣れない赤子の一昼夜のお世話と……――って嵐のようにブン回されるわけでして。

(あっ、これ子供のいない女性が見たら、顔面蒼白になる人も居そうだね……? でも、赤ん坊が育ってくると死ぬほどめちゃめちゃ可愛いし、子に対してメロメロになるのも親になってみて初めて実感するのも事実です、暗黒面ばかりじゃないです)

その上で『二人目』となると、また「生活面の変化」に直面するし、「仕事」があるならそっちの調整もしなくちゃいけない。

重労働の上に、さらに負荷(ストレス)がかかる……「ウッ」と思う正体って、それなんですよねえ……考えると頭痛いですええ。

新聞の文面にもあったけど「もう一人欲しいと思う反面、やっていく自信がない」というフレーズに、「わかるわー……うちは二人目の予定立ててないけど……」と同意の相槌(その他含む)をしてしまいたくなるわけで。

母親になれば、そんなのできるようになるんじゃないの?

――と、そんなことを言いやがったのは、ウチの旦那です。

阿保かと、お前は馬鹿かと頭をガッシリと掴んで激しくシェイキングしたくなりました。

あのね、そんな人ばっかりじゃないんだよ……と小一時間ブツクサ言いたくなりまして。

そもそもが人それぞれなわけで、『出来て当たり前』という前提があるから、「弱い人」というカテゴリができてしまうのかな、なんて思うのです。

――そこで『「苦労が前提の人生」なんて誰が歓迎するだろうか?』の話に行きつく、というわけなのです。

『出来て当たり前』ができない奴は「落第」という風潮があるから罪悪感が生まれるし、というか、そもそも『出来て当たり前』が自分の心のなかにあるから、「できない」ということへの罪悪感が生まれて苦しくなる……のかなぁと。

できなくてもいいんですよね。でも、できないのはちょっと悔しい。
それなら、『できる』ハードルをすっごく低くしてあげると楽になるよなあ……とも思うわけでして。

人それぞれ、選択も人それぞれ

だいぶ話があっちこっちと行きましたが、結局のところ子育ても妊娠出産も、それ以外の何事も『人それぞれ、選択も人それぞれ』ってことでいいんじゃね? というのが結論です。

できなくてもいい。でも、できないのはちょっと悔しい。
だから、『できる』ハードルをすっごく低くしてあげると楽になるっていうのは、生きていくうえで生きやすくなる考え方かなーと思うのですよ。

そうそう、人生を深刻に考えるとへヴィーになりがちだがら、さっくりと、ファーストフード店で売っているポテトフライレベルの軽さで人生を捉えてもいいとも思うんです。

つまるところ、手軽に。そして気楽に食べに行ける。もうそんくらいのかるーい感じで。

(ちなみに、何故フライドポテトかっていうと、息子がマックのフライドポテト大好きだからです、ビバ親馬鹿www)

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