【コラム】「自分を育てなおす気持ちでやっていこう」と決めたら気持ちが軽くなった件


どんどん連載方式っぽくなってんなーとも思いつつ、今日は、この前の↓このコラムと関連するお話。

今日は、なんとなーく、先日の話↓と関連しているような話題です。ちょっと迷い迷いながらも「これからのこと」について思いを馳せるいろいろ業務を回しながら、ふと、自分のなかで「何をどうしたいのか?」という疑問というか、問いかけみたいなのが出てきまして。仕...

ずずーんと重苦しい気持ちに襲われていて――

というのが、ちょっと数日前からありまして。
なんていうのかな、すごく胸が苦しくて押しつぶされそうな気持ちになっていたんですね。

まだコレあれかな、数日前にも言った例の『すぐに結果を出さなきゃいけない』っていう重圧なのかな……っていうか、自分、疲れてる?

――それもあるけれど、よくよく自分の思っていること感じていることをほどいていくと、実は去年、自営業してるなかで「超絶大失敗じゃね?」っていうことがいくつかあって、マジで泣くくらいすごく悔しいっていう気持ちが自分の中にあったなあって気づくことがあって。

その中にはやっぱり、自分のどこか深い底の意識していないところで「こうしなければ正解じゃない」「平均点を取れないと落第だ」といったような思い込みもあったなあと気づきまして。

これが、この前(※前のコラム記事)ずーっといっていた「制約」と「重圧」の正体だ……とも思ったわけでして。

加点方式でいくと

例えば、往来の学校のテストの点数で25点取ったとすると「赤点」ってなるじゃないですか。
学校のテストって減点方式だから。だから100点より低い点数の場合は、それからかけ離れればかけ離れるほど『良くない』って判断されるじゃないッスか。

でも、加点方式だったら「25点」でも「25点」取れたんだ、おお、すごくない?
――になるじゃん、と。加点方式だと元の数字(ここでは0を基準とするとして)より増えてればもうそれでマルマルオッケーってことだよねーと思って。

で、なんでこんな話を出したかというと、要はさ、別に「30点」でも「5点」でも、最悪、「0点」でも『別にいいじゃんねー』ってことなんだよねってわけで。

もうさ、究極的に言うと、点数出そうとしたこと自体が「おっけー」っていうことでさ。

――は? 何言ってんの?

って、ちょっと言われそうな気もしなくもないんだけど、今日は何が言いたいのかっていうと、「もう、そのままでOKだよ」ってことなんだよな、と。

それを『自分自身』が理解していれば、もうそれだけで十二分に生きていけるんじゃねーかと。そう思うわけですよ。

(あっ、ここでもう結論言っちゃった気がする……www)

「自分を育てなおす気持ちでやっていこう」と決めた瞬間

――で、話は戻るんですが。

前述した「こうしなければ正解じゃない」「平均点を取れないと落第だ」といったような思い込みがあるなって気づいた時に、『じゃあ、「自分を育てなおす気持ちでやっていこう」』って、ふと思ったんですね。

そしたら、すごく胸のつかえが取れて、心持ちもよくなって体が軽くなったんですよ。いやもう、びっくりするぐらい。

例えるなら、窓をずっと締め切ってるせいで淀んでいた部屋全体の空気が、窓を開けたことによって新鮮な空気に入れ替わって、頭もしゃっきりしてくるみたいな……そんな感じです。

これ書いてて思ったんですが、どんだけ自分を、いかに「重圧」で鎖のようにがんじがらめに縛り付けていたかってことですよね、コレ。
物凄いプレッシャーの中で生きてきたようです……そりゃ息苦しくもなるわけだ。

そりゃ生きるのたまにツラくなるし、なにかするにも相当キツくなりますわ。だって常に、高度な結果を求められるんだもん。そして、結果を出さないと刑罰級のお咎めがあるとかなにそれ虐待じゃんか。

(※そして、そのお咎めがあるというのも、実は思い込みであってただの蜃気楼みたいな幻想なんだけど、あるってどこかで思いこんでいる、いや、今は「いた」か)

「高得点を出さなきゃ落第だ」とかいう思い込みのせいで、プレッシャーになってそれが嫌になって……そりゃ「読んでもらえないから、やる気起きない」とかも言っちゃいますわ。

――っていうか、そんな生活、ツラいし根を上げます……(というか、上げました)。

毒親という存在

ところで、なんで「自分を育てなおす」なんて自分の中で話題になったのかというと。

大人になったら「自分を育てなおすこと」ができるんだ、ということをちょっと前に知って(というか、このお兄さんがよくたまに言っていて)。

んでんで、最近、「毒親が……」「毒親のせいでこうなった……」「毒親がいるから……」「毒親のせいでもう生き地獄」なんていうのをネットでよく目にするようになって、自分も同じような経験持っている部分もあるから「わかる(真顔)」って思うこともあるんだけど、でも、そればっかに固執しちゃうとドンドンさらに泥沼にハマっていくし、結局のところぶっちゃけていうと何の解決にもならないんですよね(ズドーン)。

ただ呪詛を吐いても、ひたすら苦痛が増すだけでしかないんです(経験談)。

大人の自分が『昔の自分』を育てなおす

じゃあ、毒親から生まれた人間は不幸で不公平でしかないのか、とかいうと、ある一面からすれば「そう」なのかもしれないけれど、そればっかりでもないです。

大人になったら、自分で自分を保護してやって「よしよし」ってしてあげることができるようになるから、全然、人生「詰み」でも何でもないです。
育てなおした分、人間性に「厚み」みたいなのが生まれるし、それは自分の大きな経験値にもなります。

そうそう、その経験のおかげで、魅力的な人にもなりうるんです。これは誰しもそう、そのチャンスはある。

そりゃ、育てなおす時間も『年単位』でかかるケースが大半だと思うし、それがデメリットしかないように感じることもあるかもしれないです。

でも、「育て直し」をすることによって少なくとも、今、感じている昔からぬぐえない「惨めさ」「暗い思い」「報われない気持ち」を昇華(※消化でもいいかなと思ったけど、やっぱりここは昇華で)してあげることができるから。

そうして、その報われずに背負い込んだままの昔に追いやった負の気持ちや心持ちがクリア(透明)になれば、自然と「次へ行こう」という気持ちが湧いてくるし、生きていることも楽になるし楽しくなってくる。

何が言いたいかっていうと、自分の中からエネルギーが湧いてくるって生きているうえでは必須というか重要だから、だから、そういうことを自分にしてあげるっていうのもいいのかなって、思うのです。

↓この本とか、自分の感情の解き方の参考になると思う(そしてmegさんの絵が可愛い件)。

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